多肉植物ブログ

Frank Reinelt(フランク・ライネルト)について

Frank Reinelt(フランク・ライネルト)について

  Frank Reinelt(フランク・ライネルト)──ベゴニアの巨匠から、多肉植物の交配へ Frank Reinelt(1900–1979)は、20世紀の園芸史に名を残す著名な育種家(ハイブリダイザー)である。出身は現在のチェコ共和国東部モラヴィア地方で、製粉業者の家に生まれた。幼い頃から母の花栽培を手伝い、学校へ向かう道で見かけたベゴニアに心を奪われたという。14歳で苗圃の仕事を始め、捨てられた花輪から植物を増やそうとするなど、早い段階から「交配」や「選抜」への関心を強く持っていたことが記録されている。 第一次世界大戦後、彼はモラヴィアのブルノにある園芸・農業系の教育機関で学び、その後ボヘミアやルーマニアで修行を重ねた。ルーマニア王妃マリアの庭師として働いた経歴もあり、若い頃から高度な園芸技術と経験を積んでいた人物だったことが分かる。1920年代にはアメリカへ渡り、カリフォルニアで活動を始める。渡米の動機のひとつには、伝説的育種家ルーサー・バーバンクに会いたいという思いがあったが、残念ながらバーバンクは彼の渡航中に亡くなり、面会は叶わなかった。 その後、カリフォルニア州カピトラ周辺で、Vetterle兄弟の苗圃と関わるようになる。1930年代以降、Reineltは同社の交配事業の中心人物となり、やがてパートナーとして迎えられた。カピトラは霧が多く、直射日光を避けつつ強い光を得られ、さらに湿度も保たれるため花卉栽培に理想的な土地であった。この地域は1950年代には「世界のベゴニアの首都」と呼ばれるまでになり、長年にわたりベゴニア・フェスティバルが開催されたことでも知られている。 Frank Reineltの最大の功績は、球根ベゴニア(tuberous begonia)とデルフィニウムの育種である。彼は八重咲きベゴニアの花形を、ローズ型、カメリア型、フリル型、ピコティーなど多彩な方向へ発展させ、色彩の幅も純白から深紅まで広げたとされる。花径が10インチ(約25cm)に達するものもあったという。これらは単なる「改良」というより、球根ベゴニアを再構築したと言えるほどの仕事だった。またデルフィニウムでは「Pacific strain」を作り上げ、澄んだ青色を得るために長年苦闘したことが本人の文章にも残されている。彼の花は高い評価を受け、複数の園芸団体から表彰され、著名人が買い求めたという記録もある。 興味深いのは、Reineltが晩年にサボテンと多肉植物の世界へ移っていった点である。1969年の新聞記事では、彼がパートナーシップを離れ、ネバダ州へ移住して「サボテンと多肉植物の育種」を行う計画を立てていたことが明記されている。さらに、約5万株のコレクションを移送し、空調設備のある温室を建てる予定だったとも書かれている。砂漠の気候でサボテンに空調が必要なのかと思うかもしれないが、記事では、彼が扱う多肉・サボテンの多くがメキシコや南米の高地原産であるため、と説明されている。ここから、Reineltが単なる趣味ではなく、相当規模で多肉植物に取り組んでいたことがうかがえる。 実際、多肉植物の分野では、Frank Reineltを作出者とするエケベリア交配種が複数記録されている。たとえば Echeveria ‘Elaine’ は E. colorata ‘Lindsayana’ と Pachyphytum oviferum の交配とされ、1974年に ISI 867 として配布された。Echeveria ‘Frank Reinelt’ は...

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